秋の夜長に・・

秋の夜長にフト思う。

知らず知らず時は流れ・・

いつしかサンドカフェに30年近い月日が流れていたと・・

 

振り返れば37歳の時に熱い思いだけで千倉にカフェをオープンした。

ジワジワ当時のことが脳裏に蘇って来る・・

 

カミさんに「飲食店はホントに大変だよ」って諭されたこと。

理想主義に走りがちな私を熟知している人の意見だった。

理想と現実のバランスをどう取るのか?この海辺の小さな町で・・

ただ私には根拠の無い確信のような物はあった。

「スタンダードなものは永く支持されると」

 

あれから30年。

小さな奇跡なのか、店はまだ続けさせて頂いている。

開店当初から変わらない「老人と海」の世界。

私の憧れるベネチアの「ハリーズ・バー」の本に書かれていた永きに渡り人々に支持されている小さな店の秘密。「シンプル」「クオリティ」「微笑み」を指標にこれからも店を続けて行ければ幸いです。

左は大好きだった安西水丸さん翻訳の日本版。右は本店で買ったイタリア語版。もう一度水の都ベネチアを訪れハリーズバー発祥のカクテル「ベリーニ」を飲んで見たいと時々思う。

「微笑み」は広く解釈すれば「愛」だと思います。

「ようこそ!」と言うおもてなしの心では無いでしょうか。

それと、もう一つの「クオリティ」をいつも厨房で支え続けてくれているカミさんに最大の賛辞を贈らねばならない。

 

そんなことを思った秋の夜長。

崖は裏切らない

南房総という理想郷に暮らし、サーフィンをライフスタイルとしてのんびり楽しんでいる私ですが時としていつもと違う場所に行きたくなるんです。

毎年、春と秋にいつもの波乗り仲間と銚子方面に出かけます。同じ千葉ですが流石に銚子エリアは日帰りはキツいので一泊宴会付き旅となります。

これがいつも不思議といい波に当たるんです。

日本のドーバー海峡と言われる屏風ヶ浦(崖下)はお気に入りの場所です。風が合わなければお隣の茨城もすぐですし。

今回も良い波・良い天気に恵まれました。

一緒に行った仲間は「いつも崖は裏切らない!」と述べておりました。名言です。

さあ、今日の波はどうかな?
九十九里浜の砂浜で波をチェック。やっぱり崖に行きます。
70代もこうして波と遊んでいたいが。

行きは圏央道を走り現地集合ですが、帰りは一宮のパタゴニアとか寄りながら海岸線をのんびりドライブしながらのショートトリップが好きですね。

機嫌の良い人

もうじき67歳になる私。

いったいこの先何歳まで生きるのか?いや生きてしまうのか?

それは神のみぞ知る事なのですが、流石に60代でお呼ばれするのはちょっと早いかなと。

できれば喜寿あたりでサヨナラ出来たらなと勝手に思っている次第です。

人間の欲望はキリがありませんし、親父やお袋みたいに80代半ばとか90代まで長生きは全く自信ありませんから・・

 

ただ、お迎えが来る日までどんなジジイで居たいかと聞かれれば「機嫌の良いジジイ」と答えます。

その象徴が俳優だった笠智衆。いつも機嫌の良い穏やかな波長の憧れのジジイなのです。

実は、いつも機嫌の良いジジイになれる様に小道具は揃えてあるんです。

ステッキとパナマ帽。
象牙が取っ手のステッキはやっと巡り会えた物。手に馴染みます。

でも、いつも機嫌が良い人って魅力的だし免疫力も上がりますから・・って、実は長生きしたかったりして(笑)

ラハイナの衝撃

マウイ島の大規模な山火事でラハイナの町の約8割が焼失した映像を見てショックを受けた。

 

私は若い時からラハイナの町が、19世紀に栄えた歴史的港町を当時の雰囲気を保ちながらリゾート化している事に興味をもっていた。残すべきものは後世に残すと言うか、新しきが古きを淘汰しないんです。

その古い港町を象徴しているのが船員達の旅籠だった「パイオニア・イン」という宿屋。

そこに等身大の木彫りの船長さんが置かれていて皆んな一緒に記念写真を撮っていたものだ。

潮くさいラハイナを象徴する老船長。

海岸通りには同じテイストで建てられたお店がズラッと並んでいた。ギャラリー、レストラン、ブティック、アンティークショップetc。海に突き出たレストランには波しぶきが当たるほどだった。

観光客はこの界隈をのんびり散歩しながらウィンドウショッピングする。リゾートのストリートにはギャラリーが多く自宅やセカンドハウスに飾るアートなんかを物色する人も多い。

初めてマウイ島に行ったのが早20年以上前。

妹の家族と両親、カミさんのお母さんも一緒だった。私も妹も子供が4人ずついるのでかなりの大人数の旅だった。ラハイナ散策やハレアカラに登ったりパイナップル畑でパインをカットして食べたり楽しい思い出が沢山ある。

2回目のマウイは10年前、佐藤さん夫妻とのサーフトリップだった。

ラハイナの町は何も変わらず潮くさいオールドタウンのままだった。こんな場所は変わらないでいてくれて良かったと思った。

夜食事に出掛けたらハロウィンの時期で通りは賑やかなパレードが繰り出していたっけ。

町の殆んどが焦土と化してしまったラハイナ。私の好きだった海岸通りの街並みや木彫りの老船長も今は無い・・

被災した町の皆さんの1日も早い復興をお祈りします。

新盆でした

咋年末亡くなったお袋の新盆でした。

ひ孫も「なむ〜」

横浜からバイクでカフェにいらっしゃる「心優しきカメラマン氏」が撮ってくれたデイズギャラリーで店番しているお袋の写真を遺影にしました。そのポートレートを見て私の姉や妹、その子供達から「おばあちゃんの想い出として欲しい!」とのリクエストがあったので焼き回しして配りました。

私も柔らかい光のその写真が気に入っていてフレームに入れ遺影に使わしてもらいました。

先日はソール・ライターへのオマージュ的写真をプレゼントして頂き有難うございます。

いつも大きなバイクに乗って来て下さる「ダンディなハーレー氏」

「これお母さんの新盆にどうぞ」と言って自作の竹製灯篭を持ってきて下さいました。

いつもDIYで小屋やデッキを自作しているお話は伺っていましたがこの竹灯籠の仕上がりは納得してしまいました。なんでも尺八用のドリルで穴を開けたのだそう。確かに普通のドリルでは竹の繊維でここまで滑らかな仕上がりにはなりません。中に入れる電球まで用意して頂き痛み入ります。

お袋もこの灯籠で迎えられて喜んだ事でしょう。有り難うございます。

お盆の前日、久しぶりにシガーとライカを愛する「ヒットマン氏」が姿を見せた。

コロナ前からなので3年ぶり、一見強面だが気遣いの人である。

今回も煙2種を持参してくれた。

「線香はお母さんに、ダビドフのシガーは私に」と言って手渡してくれた。粋な方である。シガーは何かいい事があった時吸わせて頂きます!

皆さんカフェに来て頂き知り合った方々。

有難い事この上無い。

BOSS SURFDINERへ

サーフィン仲間である宇田川夫妻が、平砂浦(館山市)の自宅に念願のレストラン「BOSS SURFDINER」を開店したので早速伺って来ました。

ご主人のコウセイさんは長いキャリアのシェフの他にボスサーフボードのシェイパーとしての顔もあり私やカミさんのボードを削って貰っています。(レストランの隣がシェープルーム)

一緒にサーフィンしてライディングのスタイルや癖を把握している人にボードを作って貰うべきだと考えます。

また奥さんのクミコさんは「cicero」というブランドで活躍する帽子作家さんです。私も彼女に作ってもらったパナマ帽を長年愛用しています。

懐かしいキューバ旅行にもかぶって行きました。エクアドル産本パナマを使用しているので長く愛用させてもらっています。

ちょうど我が家に滞在中のカミさんの従姉妹のサイちゃんとナオちゃんを誘い息子と5人でディナーをご馳走になりました。

アミューズ、前菜盛り合わせと続き魚は鯖のハニーマスタードソースが絶品の一皿でした。

ボリューム感のあるコース料理を提供したいとシェフが語る通り満足感を味わえました。コーヒー・デザートまでこだわってコスパ高いディナーなのでまた行きたくなりますね。

シャンパンからのワイン3本と料理が美味しいとお酒も進みました。

宇田川夫妻ご馳走様でした。またすぐ伺います!

いつでも音楽

私の普段の生活の中で音楽は飲食と同じくらい欠かせない大事な要素。

お店や部屋にいる時はもちろんのこと、サーフィンに出かける時も音楽無しに居られない。

旅に出かける時も音楽は気分上げてくれるので、たとえ一泊の旅行でも私はバッグにこのBOSEの小型Bluetoothスピーカーを入れて行く。

ですからiphoneには私の聞いているほとんどの音楽が入っている。

小さいながらもパワフルで屋外でも使える防水仕様。連続6時間使えます。レンタカーの中でもしばしば鳴らしています。

 

旅先でホテルに入ると私はこのスピーカーをバッグから取り出しいつものように音楽を流す。

するとその部屋が途端に居心地の良い慣れ親しんだ部屋のように感じられるんです。

悦楽的に生きよ

転勤の多いC氏は、かつて岡山から車で7〜8時間かけてサンドカフェにやって来た事がある猛者である。

しかも氏の車は71年製500ccのフィアット500。

ベスパと並びイタリアへの憧れの象徴とも言える。

最近、南房総に戻って来られたC氏、休日にはこの可愛すぎる車でカフェに来て下さる。

テラスで愛車を眺めながら寛ぐC氏。車のレストアの際、ここに止める事を考えて2年悩んで選んだカラーと聞いて感無量となった。

先日、私も憧れのFIAT500に乗させて頂いた。

するとこのイタ車が私にささやいてきた。

「もっとお前らしく悦楽的に生きろ!」って!

悦楽的生き方とは世間の同調圧に怯まず自分の価値観でオリジナルな生き方をする事。       そして、この嬉しそうな自分の顔を久しぶりに見た私であった。

波を求めて

サーファーは波を求めて移動する生き物である。

私も長いサーフィンライフの中で今まで色んなサーフポイントに行かせてもらいました。

マリブ、ベンチュラ、サンオノフレ、ヌーサ、バイロンベイ、クレッセントヘッズなど。

ただ私の場合、自分がどうしても行きたいと言うよりもカミさんに「ねえ、○○に行って見ない!」と誘われるので腰を上げると言うのが正しいのですが。笑

なぜなら私の住む南房総はサーフィンにとても恵まれた環境にあるから。

どんな風向きやうねりの向きにでも対応する地形(半島なので)であり台風ならば内湾に幾つもの良いポイントを有しているからです。

温暖で水も綺麗で変化に富んだ海岸線てそうは有りません。

とは言っても旅に出ればその土地の美味しい物や感じの良いカフェに出会えたり初めての海岸線をドライブ出来たりと楽しい時間を味わえるのでカミさんの誘いをどこかで期待していることは間違いありません。

 

今回も「ねえ、また宮崎行こうよ!」の号令が掛かったので仲の良い東京の佐藤さん夫妻をお誘いして行って来ました。

2年ぶりの宮崎、今回もマハロレンタカーの森さんにお世話になりました、ハイルーフって良いですね!ロング4本天井に詰めるので窮屈さが無いんです。

台風の余波で行きたかった日向方面がクローズ気味なので1日目は青島で入りました。

泊まったシェラトンの前も大きな波が割れていました。
日向、延岡、下阿蘇までドライブしましたが乗れそうな波は見つからず・・
日南にも足を伸ばし串間の手付かずのビーチでもサーフィンしました。向こうは猿で有名な幸島です。しかし今回も随分走りました。

今回の宮崎トリップは最後の「とく旅キャンペーン」を使ってかなり割安な旅をすることが出来ました。

次回はどこに行こうって誘ってくれるのかな?

トラッドの匂い

私がアンティーク店「DAYS GALLERY」を開いていた時に一方的に指標にさせて頂いた方が二人おりました。(面識など無いんですが・・)

お一人は何回かブログでお話ししているアートディレクターの渡邉かをる氏(故人)です。

青山で「デイリーキャッチ」というシガーと中国茶と骨董のお店をやられていましたが、和洋折衷の粋なセンスが大好きで氏がプロデュースされた溜池山王のBar「スワンキー」や鎌倉にオープンされたBar「The BANK」にも足を運びました。

魯山人の器にグラスはバカラのアンティーク、現代作家の塗の盆にテーブルと椅子はオリジナルのコルビジェやヨーゼフ・ホフマン、後ろの棚には丹波の大壺や李朝の置物など・・足元にも及ばないエクレクティックなセンスにはいつも脱帽しておりました。

VANジャケット出身の渡邊さんからはトラッドの匂いを感じておりました。BAR文化にも精通しておられた酒徒。

そしてもうお一人はいつも本を愛読していた自在屋の勝見充男氏です。

このほど骨董雑誌「目の眼」誌より「勝見充男大全」が発売されたと聞き購入した次第です。

若かりし時アイビーからウエスタンに傾倒し原宿の古着屋で働きゴローズでインディアンジュエリーを物色していたと言う勝見さんのセンスもやはりトラッドの匂いがしていました。
自由自在な骨董センスを色々学ばせて頂きました。

桐の箱を古い更紗とかでなくビンテージのバンダナで包むセンスが勝見流。

本にご興味おありでしたら参考になさって下さい。

新たな相棒

27年連れ添ったデリボーイからルノー・カングーに乗り換えました。

カングーはカミさん用としてハッチバックの初期タイプから二代目と乗り継いで来ました。

これで我が家では三代目のカングーとなります。

ホント、同じ車ばかりの夫婦なんです、というか他の車に目移りしないんです。

デリボーイでは高速道路での長距離とか無理だったので、この3代目のサイズアップしたカングーで色々遠出をして見たいと思っております。

そう言えばこのブログを始めた当初、ルノー4Fも5年ほど持っていましたね。ナンバーは変わらず店の電話番号だし色もまた白ときた。
観音開きの車に惹かれます。前のオーナーがキャンプ好きだったのかキャリア&はしご付きでした。

海などで見かけたら声をかけて下さいね。

デリボーイ

しかし27年、ずいぶん長くこの車に乗って来たものだ。

トヨタの「デリボーイ」

全てがいつか別れる時がやって来るのだが、付き合いが長いほど後ろ髪が引かれるもの。

 

一台目の青のデリボーイは17年乗った。

塗装がイイ具合に艶消し化していたっけ。

一度気にいるとずっと追い求める性分なんですね。

ドアだけ艶があるのは銀行の駐車場でお爺さんにぶつけられて交換したから。

次の白のデリボーイは10年乗った。

波乗りやキャンプ、アンティーク家具の配達と随分活躍してくれた。

何か大きな故障を抱えているとかではなく、もう充分楽しませてもらって満足したんです。

そう、堪能したんです。

カフェが30年目に入ったので店と共に歩んで来たデリボーイとの27年でした。

陣地化

近頃、リビングのソファに座れた事が有りません。

疲れた時などソファに横になりたいのですが・・

 

お気に入りのイギリスのチェスターフィールドのヴィンテージソファ。

家に帰ると、クッションを剥ぎ取られオモチャに占領されてしまっているソファにお目に掛かります。

男の子って陣地や秘密基地が好きですもんね!

ソファの隅っこでYouTubeを見るの図。

もうじき5歳になる孫のユウくん、早く違う遊びに進化して欲しいと思っているんですが・・

理想郷へ

自宅から車で1時間で理想郷に着く。

このところ休日のサーフィンのお気に入りはこの理想郷。

ここに来るとサーフィンを始めた頃のキラキラ輝いていたあの日々を思い出させてくれるから。

あの頃よく聴いていたオールドロック(POCOの「Indian Summer」とかニール・ヤングの「Out on

the Weekend」とかバッチリですね!)を聴きながらのドライブも気分が上がる。

 

何といっても水が綺麗、そして来ているサーファー同士のストレスが無いのがイイ。

皆さんここにそれを求めて来ているんですから。

貴重なサンクチュアリと呼べる場所。

「デリボーイいいですね!」周りのオールドサーファーの人達も気さくに話しかけてくれる。

「Nalu」というサーフィン雑誌に掲載されていたカリフォルニアのレジェンドサーファーのドナルド・タカヤマのインタビューが思い返される。

 

「テリトリー意識が強すぎる。

海はみんなの物なのに、自分だけの物と勘違いしているのさ。

それがサーフィンの楽しさを奪うことになるのにな。

私や仲間たちは混雑を避けて楽しくやってるよ。

スターになりたい訳じゃない。

ただ、沖に出て仲間とサーフィンを楽しむだけなんだ。」

 

今、そんな場所を皆んな求めているに違いない。

あの頃から波に乗ってきたオールドタイマーはなおさらである。

ここに来ると心底リフレッシュ出来る。サーフィンでストレスは味わいたくは無いですから。

Leiter with Evans

2月の雨の休日。

こんな日は海へも向かわないので写真集を見ながらゆっくり過ごす。

先月、手元に届いた「まだ見ぬソール・ライター」という写真集。

何の変哲の無いものを写して、その中に特別な何かを見つけるのが好きだとライターはつぶやく。

そこが「如何にもが苦手」な私の感性に響く所以だ。

ソール・ライターは冬の雨のNYのイメージ。

ライターの写真を見ながら聴くのはビル・エバンスの「From Left To Righit」(確か以前にもブログで紹介しているはず)というお気に入りのアルバム。

エレクトリックピアノの温かな音色とロマンチックなストリングスが60~70年代初頭の映画音楽を想わせる。

映画のワンシーンの様なライターの写真と、これまた映画音楽の様なジャズがピッタリハマった。

 

一月は母の四十九日と板橋の義母の七回忌と続いた。

そして私の66歳の誕生日も。

ゾロ目の今年はきっといい事があるはずと勝手に思っているのだが・・

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