「荒木一郎デビュー50周年記念ライブ・空に星があるように」に行ってきた。場所は渋谷のオーチャードホール。こんな事でもなきゃ渋谷なんて歩きたくないのだが。
そのライブの一曲目に荒木一郎が歌ったのは、懐かしい夏を想い出させる「君に捧げるほろ苦いブルース」だった。
大学生の夏休み、私は海水浴場の監視員のバイトをしていた。そこに同級生のキヨヒロが偶然現れた。キヨヒロは中学を卒業すると寿司職人の道に進んだと聞いていた。小学生の時は仲が良く一緒にグループサウンズのレコードなんかを聴いたりして遊んだものだった。私はバイトの後で彼を訪ねた。
その中でキヨヒロが付き合っている彼女が荒木一郎の曲が好きだという話になった。特に「君に捧げるほろ苦いブルース」が好きで、だけど彼女はその曲を聴くと死にたくなっちゃうんだと・・そして実は手首に傷があるんだと続けた。
キツイ話を静かに話すキヨヒロの顔はスケボーやサーフィンにカブレ始めていた私には凄く大人っぽく見えた。
「愛しのマックス」や「今夜は踊ろう」の荒木一郎しか知らないでいたがキヨヒロと会ってすぐレコード屋でベストLPを買い段々とセンチメンタルな曲を好んで聞くようになっていった。
それから数年後、千倉の海岸に高名な写真家の別荘が建った。夏になると写真家はそのアンドリュー・ワイエスの絵にありそうな別荘でバカンスを過ごしていた。縁あって私も時々別荘に遊びに行かせてもらっていた。
ある年の夏の夜、二階のデッキで写真家の家族や友人達で賑やかな酒宴を楽しんでいた時だった。古いラジカセから荒木一郎の「君に捧げるほろ苦いブルース」が流れてきた。ハワイアンやジャズやラテンなど洋楽を好んでいると思っていた私は、写真家が荒木一郎のカセットテープをかけた事が意外だった。
キヨヒロの彼女の話を思い出した私は写真家に「この曲、悲しくなりますね・・」と話しかけた。写真家は大きくうなずき「そうなんだよ!」といった表情を見せた。
それは確か、千倉のお盆の花火大会の夜だった。
荒木一郎のセンチメンタルさには一種の魔力性があるんだと思う。
オーチャードホールに集まった荒木ファンの50~70代の人達も色んな想いを抱えて来たんだろうな。