「マスター、ケンさんが来ました!」とバイトのゆみちゃんが言った。
「どこのケンさん?」と言いながら駐車場を見た私は腰が抜けそうになった。
あの健さんがそこに立っていた。
サンドカフェを始める時、私はありえない妄想をしていた。
カフェに高倉健さんと三国連太郎さんが来るという夢だ。役者としても男としても憧れるこの二人。そして珈琲が似合う二人。
そのありえない人が今ここに居る。その健さんを連れて来てくれたのは、開店当初から贔屓にして頂いている小林亜星先生だった。
先生たちがビールを注文されたが健さんは一人カフェオレだった。陶器のカフェオレボウルを健さんに恐る恐る出すと「これカフェオレですか?」と言いながら大きな手でボウルをつかみゴクリと飲んだ。
健さんは「南極物語」の話を楽しげにしていた。しばし歓談の後、となりの「Deck Shoes」に一行は移り雑貨を見て頂いた。
健さんはシャンブレーのバンダナを買うとそのまま白いポロシャツの襟にクルクルっと巻いた。その仕草のカッコ良かった事。
今から14~5年前、ある夏の夢のような午後のことである。