梅雨はカフェの周りの植物が一斉に花を咲かせる季節。
朝、コーヒーを味見しながら気に入りの席で、満開の花々を眺めるのが好きだ。

長さ6フィート前後、幅は50cm弱の桐の木に亜麻仁油を塗っただけの波乗り用の板。この板にはサーフボードの大事な機能であるフィンは付いていない。
ホノルルのビショップミュージアムという海洋博物館に展示してあるサーフィン創成期の木の板「アライア」にインスピレーションを受けたトム・ウェグナーというボードビルダーが、彼のエッセンスを加え復活させた波乗り板。その魅力は瞬く間に世界に広まっていった。ついこの間のことである。
普段9フィートオーバーのロングボードに乗りなれている私は、この短くて薄いただの木の板に悪戦苦闘した。沖で波待ちしている時も肩ぐらいまで沈んでしまうし、パドルもフラついてままならない。
しかし、なぜか楽しい。板で波に乗り、遊ぶという単純な行為。それがサーフィンの本質のはずなのに、普段の私の波乗りはいろいろな邪念が入り込んでいたらしい。
とにかく、このアライアはシンプルの極み。そこに惹かれる。
ワインレッドのダイムラー・ダブルシックスを乗りつけ、オレンジ色のバーキンをカウンターにドンッと置いたその婦人はエスプレッソのダブルを注文し、シガーに火を点けた。
テーブル席の愚図っている子供の親に鋭い視線を送ると、表情ひとつ変えず煙を吐いた。時々来るこの婦人はいったい誰なのか?前にお孫さんらしき女の子と来たことがあるので、きっと千倉に別荘でもある人なのだろう。
女性を形容するのにあまりカッコイイという言葉は使わないが、その時は内心カッコイイと感じていた。
朝、素晴らしく晴れた青空の下、自転車で遊歩道を気持ちよく店に向かっていたら突然テトラポッドの大群を発見した。先日、海の方から聞こえた重機の音はこれだったのか。
「まさかこれをビーチに置きはしないだろう」と、現場に誰も居なかったので近くのホテルオーナーに「何か聞いてます?」と訪ねたら「作業員の人に聞いたら、とりあえず置き場所にしてる、と言っていた」との事。
近くに設置するための置き場所でなければいいのだが。こういった工事は、県や国の事業ため市町村や住民に事前に知らされないケースが多い。心配な事この上無い。
ウィンドゥショッピングという言葉がある。旅先でも商店街とかで素敵なショーウィンドに出会うと、しばし見とれてしまうことがよくある。
若いときから、いい界隈やいいストリートがある町に憧れていた。私の住む町、千倉もそうなったらいいなとずっと想っている。いい界隈やストリートとは、小さいけれど個性的な店が集まっていることだ。
私がカフェや海雑貨、アンティークの店を開いたモチベーションはそこにある。内容的にはまだまだだが。
少しずつでいい。この海辺の小さな町に自然発生的に生まれたショップやギャラリーが点在していって、旅人がそこを巡れるようになることを夢見ている。
千倉のようなところに暮らしていると、ちょっとしたパーティーなどでもドレスダウンしたスタイルで済んでしまう。というかそのほうが相応しい気がする。そんな時いつも登場する靴がホワイトバックス。これはLLビーンのWalkover社製。白いバックスキンが海辺に合う。ホワイトバックスはオールデンなどの良質なものよりwalkoverのカジュアルさが私は好きだ。
もう一足のお気に入りはリーガルのサドルシューズだ。グレーとブラックのコンビのこの靴はかつてのアイビーブームの時代からあるものだが今また新鮮な印象を受ける。ウチのカミサンが高校生のとき、これと同じ靴を履いていたことを最近知った。そうVANとREGALの黄金時代。
ボトムスはジーンズ(ブルーorホワイト)かチノで決まり。で、上着はブレザーやジャケット(コットンorシアサッカー)にスカーフかボウタイが私の好きなパーティースタイル。これは何十年も変わっていない。
コートダジュールにある約4坪の休暇小屋で、ミニマムな暮らしを実践していたコルビュジェ。20世紀の偉大な建築家が狭小な小屋でクリエイティブに過ごしていたというところにある種の憧憬を抱く。その舞台となった小屋には、多目的に使える最低限の家具といろいろな工夫が凝らしてある。
以前からコルビュジェが小屋で使っていたスツールと同じ物を作って見たいと思っていた。それは移動しやすいように全ての面に持ち手の穴が開けてあり、高い所の物を取るときには踏み台になり女性でもかなり高い所に手が届く。キッチンの隅にでも置いておけば、椅子代わりや踏み台にサッと移動して使えて便利だ。
5月4日と5日の2日間、「オルネカフェ」で5周年を記念してアニバーサリー・マーケットが開催される。地元作家のガラスや陶器、ハンドクラフトのバッグやアクセサリー、雑貨などの他に農産物なども販売される。「デイズギャラリー」も古道具と、このスツールを出品する。